<第3期 特別編 研究会レポート>
(レポーター/池邊 純一)
| 日 時: |
2011年6月3日(金) 17:00〜19:00 講義&ディスカッション
19:00〜20:00 ワンコイン交流会、20:00−面白交流会
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| 会 場: |
株式会社アーク情報システムAKビル2階「大会議室」 |
| テーマ: |
「仏教の智慧に学ぶ」〜「面白工学」の知恵の出し方との接点を探る |
| 講 師: |
植木雅俊氏、仏教研究家(東方学院) |
| 参加者: |
参加希望者(配布資料「参加者」参照)、富士男♪(渕野康一、座長)、タッキー(かせ沢孝之、座長)、ごみちゃん(葛谷正明)、ブルー(松木豪)、まっちゃん(松下博幸)、ジャガー(三嶽政則)、にやり(桐山太一)、ことみ(臼井琴美)、実験君(池邊純一、記録) 敬称略、16名 |
| 配布物: |
[1] 第3期「面白工学研究会」【特別編】レジュメ
[2] 参加者リスト
[3] 植木氏より頂いた資料
1. 思想としての法華経D 第十講:法華経に反映された科学思想
2. 九州大学キャンパスマガジン
(http://www.kyushu-u.ac.jp/magazine/kyudai-koho/No_66/_SWF_Window.html?mode=1062)
インタビューシリーズ九大人 植木雅俊
3. 岩波書店「科学」2009年4月号(抜粋)、心にのこる一冊“「自分で考える」ということ”
[4] 植木氏 著書「法華経」(http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/X/024762+.html)(上下)、岩波書店、2008.3.11 (上巻を回覧) |
1. 研究会ダイジェスト
ものごとの奥深くを探求することは「面白い」。今回は、ことみさんの紹介で、仏教研究家の植木雅俊氏をゲストスピーカーにお招きして「仏教の智慧に学ぶ」(副題:「面白工学」の知恵の出し方との接点を探る)というタイトルでご講演を頂いた。
九州大学の工学部に入学したものの、理学部長の先生に直談判して理学部物理学科に進んだ植木氏だったが、「丸暗記の知識では、『だから何なんだ!』と問われたときに答えることができず自己嫌悪となり自信を失った」という。しかし、その立ち直りのきかけとなったのが原始仏典のことば『自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ』との出会ったことだったという。法華経の中の譬喩物語に『長者窮子の譬え』があるが、「誰かが私を見ていて、その見られている私が何かをする」のではなく、「ここまで人間を信頼し温かい眼差しで見ているのか」と励まされ、温かいものを感じ、仏教を独学で勉強したのだそうだ。「面白工学」の「ストローク上手になる」「あたきび」にとっても共感を覚えるお話しである。
植木氏の心にのこる一冊にある“「自分で考える」ということ”には「頭で考えるよりも、事実そのものを正しく把握することが必要なのであります。(中略)思索しながら独断におちいらないためにはどうしたらよいのか。それには常に精神の自由を保つことが必要であります。それは言い換えますと、でき上がっている概念や思想でものを、あるいは事実をながめることをやめ、自己を無にして、事実そのものに溶け入るということが必要なのであります」(1981年増補版、澤瀉久敬著、角川文庫より引用)と書かれている。植木氏の話しにある「だから何なんだ!」「何が解らない」「何で解らないか解った」とは、「自分で考える」ことから得られた理解であり、その解ったことに溢れた話しだったからこそ、今回のご講話は「面白かった」のである。
内容としては、多岐にわたり、また、一つひとつが奥深く、我々「面白工学」を探求する上で、多くのヒントとなった。以下に、ご講話にあった話題を列挙する。
(1) 中村元氏との出会い(配布資料 [3]− Aに詳しく掲載されている)
(2) サンスクリット語で書かれた仏典をサンスクリット語から考える
- 常不軽菩薩、妙音菩薩
- サンスクリット語訳には文化的誤解がある 「北枕」「ハスの花」
(3) 仏教は女性差別ではない
- “Gender Equality in Buddhism”という本を出版している。学位請求論文も「仏教におけるジェンダー平等の研究―『法華経』に至るインド仏教からの考察」である。
- シンガーラへの教えでは、夫は五つの仕方で妻に奉仕すべきであると書かれている(@尊敬すること、A妻の自立を認めること、B装飾品を提供すること(当時は紙幣への信頼がなかった)、C道を踏みはずさないこと(浮気はだめ)、D軽蔑しないこと)
(4) 何故、インド人はITが強いのか
- インド人の考え方の特質として、抽象的思考が得意、合理的で合理主義者、分類癖がある、ことである。インド人の科学思想として、「0の発見」も偉大だが、大きな数を考えることに特長がある。また、法華経の中に、既に「ブラックホール」に通じる概念が記されている。(配付資料[3]− @に詳しく掲載されている)
- 日本語で「この紙は白い」をサンスクリット語で表現すると「この紙は白性を持つ」となる。サンスクリット語では、全ての名詞、形容詞、副詞に接尾語をつけては抽象名詞とするため、抽象名詞が多い。これは、現象を起こさせる(たらしめる)何かを背後に見ているからである。
2. 創発コミュニケーション
- キリスト教への影響についての質疑があった。古来より東西交流があり、紀元前327にはアレキサンダーの遠征もあった。デモクリトスの原始論は法華経に入っている。トマスもインドに旅行している。聖書にある放蕩息子の譬えは、『長者窮子の譬え』と類似している。十字架のことをロザリオ(バラの輪)と言うが、インドの数珠はジャパ(祈り)マーラ(輪)というが、それを西洋人がジャパー(バラ)・マーラ(輪)と聞き間違えたことに由来する。「植物は、同じ雨によって、同じ大地に根ざして、千差万別のものがある」という譬喩もある。そういう思想を持ち得たのは、ギリシャ人、中国人、インド人など人種の坩堝(るつぼ)だったことによる。キリスト教の布教は、一方では植民地化を目的としたものと重なるが、ガンジーの言葉にもあるように、仏教は、違いを認め、自主性を重んじ、異文化や異なるものの対立を乗り越える、融合の思想である。
- 仏教は異端だったのかについての質疑もあった。仏教は、インドに固有の思考から生まれ、古来のインドの思想の特色として平等を説いたものであった。仏教は紀元前3世紀には全インドに広がった。紀元後1202年にイスラム教が入ってきた。13世紀には、仏教徒はイスラム教徒に殺害され、ネパールに逃亡した。その結果、インドの仏教徒は限りなくゼロに近い状態で、現在は人口の8割がヒンズー教、2割がイスラム教だが、仏教徒は、0.7%である。
- 物理学を学んだ影響、仏教を学んだ影響についての質疑もあった。それは、社会の中で、抽象的思考をどうやって伝えていくか、という問いかけでもあった。相手に解らせるのが「ことばの使い方」であり、お釈迦様は、自分の悟りを色々な角度から説き、一生懸命説明した。「お互いに解りたい−試行錯誤して−ピタッとくる」ことで、一人が解ったと言ったことに歓んだ。
3. レポーターの視点
〜参加して気づいた「面白工学」の諸側面
- 私達は「メラビアンの法則」で、ことばだけでは伝えられないと学び、『空気』を読み『空気』を良い状態にすることを学んだ。一方で、お釈迦様は、一生懸命にことばで伝え、伝わることを本当に歓んでいたという。後光が差すと言うが、真理のことばを伝える人には説得力があり、それだけで『空気』を良い状態にできるのだろう。ご講話の中に「解らない」のは「解らない人が書いていたからだ」ということが「解った」というお話しがあったが、「面白い」の深層には「真理」につながるものを感じさせる何かが必要なのだろう。(真理:ほんとうのこと。まことの道理。広辞苑第六版)
- 今の世の中、次から次へと、世界中の色々なことが目を通して、耳を通して、情報として伝わってくる。即席に、簡単に咀嚼しようとする私達は、全てのものごとを表面の知識だけで何とか理解しようとする。「だから何なんだ!」で始まった今回の講話だったが、ものごとの奥深くを探求することの大事さを学ぶことができた。
〜記録を纏めて気づいたこと(及び、話題提供)
- 「だから何なんだ!」「自分で考える」ということは「面白い」
75,000年前に、インドネシアのトバ火山が噴火して、当時インドに住んでいた人々の人口が600人に激減した(トバ・カタストルフ理論、以降6000年続いた寒冷期に人は衣服を着るようになったとされる)。紀元前7000年頃よりインダス流域に農耕文化が発達し、前2600年から前1800年頃にインダス川流域で都市国家が栄え(インダス文明)、メソポタミアやペルシャ湾地域との交流も盛んだった。インダス文明の衰退の原因は気候変動が関わっているとされるが、そこに暮らしていた人々は農耕を続けた。前1500年頃にはアーリア人の氏族単位の移動が始まり、そこに暮らす人々(先住民族:ドラヴィダ人)を圧制した。先住民族の一部は南部インドに移動したが、その地域に残った先住民族からインド・アーリア人への農耕技術の移転、混血が進み、定住せず牧畜によって生計を立てていたアーリア人の中に農耕生活への移行が進んだ。サンスクリット語は、広義にはこのインドに移住してきたアーリア人の使っていた言葉であり、狭義には前500年頃にパーニニが文法理論として規定した言語である。仏教は前500年にインド北部ガンジス川中流で釈迦が提唱して起った。
人々がその地域で暮らしていくために、自然と折り合いを付けながら、社会として学習し成長した結果として、その社会自体も特徴付けられていく。そして、そうした社会を背景に、新たなアイディアが創り出され長い時間の中で連鎖しながら文化が築きあげられる。「アーリア」の語源はサンスクリット語の「高貴な」という意味で、他民族より「高貴な」民族と考えたアーリア人自身が自称したという。こうしたアーリア人の文化は、どのような過程で形成されたのだろうか。そして、そうした文化を背景にして、インドの人々が、抽象的思考を得意とし、合理的で合理主義者となり、分類癖を獲得していったのは、何故なのだろうか。
法華経の仏典では、既に、大きな数を考え、ブラックホールの概念も記されていたという。2500年も前に現代のプログラミング言語に通じる言語体系化の概念を生み出したことにも、空の境地を生み出したのにも、紀元前2世紀に零(ゼロ)を発見したのにも、こうした社会的特質、文化形成の要因が関っているように思える。沢山のことが「面白疑問」としてどんどん湧き出てくる。冒頭で紹介した“「自分で考える」ということ”の示唆によれば、 考える準備段階として、多くのことを経験すること、読書をすることに心掛け、その上で対象に合わせていかなければならないという。以上は、文献調査の段階で得た知識でしかないが、「面白さ」の醍醐味は、こうした知識の深層にある真実に近づけていくことにあると思う。
・「インドの歴史」「トバ・カタストロフ理論」「アーリア人」「サンスクリット」「パーニニ」でWikipediaを検索2011.6.10
・「人類の足跡10万年全史」、スティーヴン・オッペンハイマー著、仲村明子訳、草思社、日本語版2007.9.7
・「2000年・NHK放送75周年事業 世界四大文明 インダス文明展」、NHK、NHKプロモーション
・「世界史図録ヒストリカ」、山川出版、2005.10.31
5. 宿題と次回の予告
(1)次回までの作業
- 私の「面白工学」実践事例(要旨)+フレームワーク(A4、1枚)作成