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開発途上国の環境ビジネスの現場〜フィリピンの不毛地帯で始まった緑の油

〜目からウロコの「新ビジネスモデル」研究会 第29回報告


新ビジネスモデル研究会(第29回)

テーマ: 開発途上国の環境ビジネスの現場〜フィリピンの不毛地帯で始まった緑の油
日 時: 2010年5月25日(火)16:00〜18:00
場 所: アーク情報システム
講 師: 長崎 伸也 氏
YUSHA CORP 専務取締役

会場

長崎 伸也 氏

 はじめに

長崎 伸也 氏

わたし達の事業の目的は、開発途上国での持続可能な資源開発です。
経済発展と雇用、環境、エネルギー自給率の向上の4つを事業テーマにしています。具体的には、今世界で問題となっている温室効果ガスの削減プロジェクトを、先進国からの技術・資金を活用しながら、フィリピンのルソン島で進めています。
このプロジェクトでは、ジャトロファという植物から様々な商材を開発しています。ジャトロファは中南米原産の落葉低木で、やせた土地でも非常に成長の早い木です。この木からなる種子を絞ると非食用の油が採れ、代替燃料としてバイオ ディーゼル燃料(BDF)にも使用されている事で有名な木です。

 なぜフィリピンなのか

なぜフィリピンなのかをお話します。フィリピンという国に対してのイメージは多種多様だと思いますが、日系企業も多数進出し、その数は緩やかながら年々増えています。フィリピンには地理的優位性をはじめとしたビジネスメリットがある所 以だと思います。この事業に関しても地理的に有利な面が多数ありますが、その内の大きく分けた6つ(気候、土地、距離、税、治安、人件費)をご紹介します。

  1. 気候
    気候の面でジャトロファ栽培に向いています。ジャトロファは一般的に赤道を中心に北緯、南緯30度前後でしか栽培できません。平均気温27度のフィリピンは立地面で適しています。
  2. 土地
    栽培する土地の確保が安易です。それは、1991年のピナトゥボ火山噴火(火山灰がタイ国まで飛んだ大噴火)で不毛地帯と化した土地が未だに回復できない状態にあります。こうした土地が放置されまま状態で広大にあるのです。ジャトロファは荒廃地でも栽培が可能なのです。
  3. 距離
    日本から4時間半と距離的にも近いです。今後代替燃料を使用した際のリーケージ(国内だけの排出削減ではなく、地球規模での排出削減につながる実効ある施策)の温室効果ガス対策にもなります。
  4. 国家と税
    フィリピンは世界で英語を話す人が3番目に多い国で、国法はアメリカ合衆国に則した内容です。また税金面で優遇されます。海外からの進出企業に対して、再生可能エネルギー法という法律が適用され7年間の法人税が免税されます。
  5. 治安
    意外かもしれませんが、治安もいいのです。犯罪件数は日本が年間28万件ですが,フィリピンは8万件です。重犯罪になると日本の20分の1ですから安全です。
  6. 人件費
    現在3%ずつインフレ上昇はしているものの、3年間で人口が1千万人増加しています。しかし、主な産業が育成されていないため失業率が高く、安い賃金で働く人が多くいます。またピナトゥボ火山噴火の影響をうけて、GDPの3割を占める農業が一部地域で出来なくなりました。そういった地域では、失業者が40%を越えており社会問題となっています。 今後ジャトロファ農園を拡大した場合でも、その労働力は十分に確保できると思います。

ジャトロファ

ジャトロファ農園

 ジャトロファの事業に至った経緯

この事業に至った経緯は、2005年に原油高騰の影響を受けて、フィリピンでは様々な形で住民の生活を圧迫し始めました。その一つがジープニーというマニラだけでも10万台走っている乗合バスです。運賃が高騰し学校に通えない子供達が大勢出てきました。それをどうにか解決していこうと私たちは考え、当初は廃油を収集しバイオディーゼル燃料(BDF)化して、どこよりも安い価格で販売しました。すると需要が拡大し、供給が追いつかなくなりました。何か廃油の代替となるものがないかと模索している時に、フィリピンの大学の学者に油の成る木があると教えてもらいました。それがジャトロファとの最初の出会いです。

ジャトロファの特徴は、以下の点が挙げられます。

  1. 非食用のオイルが取れる。
  2. やせた土地での植林が可能。年間降雨量500mlの土地や火山灰地でも植林が可能。
  3. 成長が早い。
  4. 育てやすく、約50年間収穫が見込める。
  5. 温室効果ガス削減効果がある。
  6. 年に数回果実がなり、様々な商材が創出される。
  7. 外皮は多孔質で重金属や染料を穴に引き込む性質がある。

 ジャトロファを使った主な商材

ジャトロファの種子は油分がトウモロコシや大豆と比較すると3倍以上あり、バイオディーゼル燃料以外にも様々な商材に使えます。また果肉は技術によって有機肥料に変えることも可能です。具体的には、クルドオイル、炭素、木酢、炭素混じり肥料、温室効果ガス排出権(CER)が土地の広さに応じて取得可能です。搾油以外の技術の一部は弊社の知的所有権として申請をしています。

それぞれの商材の説明をしますと
クルドオイルとは、ジャトロファの種子から取れる未精製の油のことです。絞った状態でA重油の代替となります。1haの土地から約2トンとれます。

炭素は、均一化した品質の炭素の微粒子で、タイヤなどゴムの補強剤として使われます。1haあたり約2.8トンとれます。

木酢は,炭素生産に伴って出る煙を液化したものから抽出され、忌避効果があるので、農薬の代わりにもなります。1haあたり約4トンとれます。

炭素混じり肥料は、窒素分を多く含んでおり肥料としても使用可能ですが、土壌改良にも適用できよう研究を進めています。1haの土地から約6.7トンとれます。

さらに、温室効果ガス削減となる排出権(CER)を取得するためにAM0025方法論(代替的廃棄物処理プロセスを通じて、有機廃棄物からの排出物を避ける方法論)を適用し現在申請をしております。1haあたり8.8トンとれます。

 採算性の問題

ジャトロファは、8ヶ月で実が採れはじめます。大きくなると5メートルから8メートルにもなります。果実の中には種が3つ入っていて、種と果肉に分けて、種を搾油機にかけると非食用油がとれます。これが代替燃料として2000年頃から注目を浴び、現在ではフィリピンのアロヨ大統領も推奨し、ベンツやコマツなどの大企業も投資・開発を推進しております。イギリスのコンサルタントの発表によると2008年で342のプロジェクトがあり90万ヘクタールまで農地が開発さており2015年までには10数倍まで拡大すると見込まれています。但し、このジャトロファの事業は油だけでは採算が低いという事も同時に分かってきており、油以外の開発が必須されています。現在弊社のジャトロファの作付面積は、1440haまで拡大しています。ここまで至った経緯についてお話させて頂きます。

当初は農夫を約70人固定で雇い開発をスタートしました。しかし、固定給では勤務体制が悪かったので、固定給を減らし出来高制に変更したところ、生産性が格段に向上しました。さらに生産性を上げるため作業を分担し、個々の作業専門性を高め効率性・正確性を上げていきました。現在も人材育成には様々な施策をしております。 収穫にも出来高制を起用しており、コスト管理を徹底する事で油1リットル当たり価格を世界最安値に出来るような形で仕組み作りしております。

この事業で一番問題になったのは農業残渣でした。油の約20倍発生する果肉ゴミです。当初は果実を肥料として撒いていたのですが、メタンガス(CO2の21倍の温室効果ガス)が発生すると日本の環境コンサルタントに指摘され止めました。果肉ゴミを処理するために様々な試行錯誤を繰り返しました。外在のボイラーで焼却を試みたり、メタンガスを発生させ発電させる方法や果肉をコークス化する方法など様々な施策を考案しましたが、どれもコスト面で高く採用できませんでした。そんな中、コンサルタントに紹介されたのが日本でも10数年の実績がある炭化技術でした。それにより、果肉と絞りカスが新しい商材として生まれ変わる事が可能になり、油を主体とした事業から油を2次的な商材になる大きなパラダイム転換となりました。今後はさらに研究開発を進め商材のクオリティ向上やジャトロファの性質を活かし、土地の汚染改良、水の浄化等に活かしていきたいと考えております。

 おわりに

 弊社が日本で活動する理由は4つからなります。

第1に、日本国内だけの仕組みに頼ると、省エネ技術が進んだ日本では環境改善=コストという考え方にどうしてもなってしまいます。それを転換し、これまで日本が蓄積してきた様々な技術や資産を使い、世界の枠組みを活用して環境改善をし、新しい収益を生み出す事業として推進していく事を促していくためです。

第3に、将来の資源獲得のために、この事業を進める必要性があるということです。

第4に、この事業によって、日本と海外との架け橋となることができるのではないかと考えています。

最後に
日本とフィリピンとの関係性は様々な所にありますが今日はその一つを紹介します。
このジャトロファは実は第二次世界大戦の時に日本兵によってフィリピンの土地に多く植林されました。この木の油を活用し、戦車や飛行機を飛ばしていたのです。植林地では多くのフィリピン人が働き、そして犠牲になりました。その犠牲者の一人の子どもにカルロス・ロムロという人物がいます。彼は親族を日本兵によって殺害されたのですが、サンフランシスコ講和会議にて、フィリピンの全権大使として日本をアジアの同胞として救い出します。それに感銘を受けた吉田茂はアジア開発銀行の本部をマニラに置かれています。アジアの各国の経済発展に貢献することを目的に設立されたものです。

私たち会社のYUSHA (ユーシャ)という名前には、一つの意味として勇気ある者「勇者」という意味があります。これはこの一歩を踏み出す勇気が新しい社会を作っていくという意味を込めております。その昔ジャトロファの植林によって同胞が多く眠るフィリピンの土地に、今度は平和と持続可能な開発のために、この事業を推進し日本と世界の役に立つような事業にしていきたいと考えております。

ご清聴ありがとうございました。

記録者 丸山有彦