第1回 『21世紀型情報システムを考える』研究会
─20世紀型アプローチからいかに決別するか──
| 日 時: | 2008年5月13日(火) 17:00〜20:00 |
|---|---|
| 場 所: | アーク情報システム(市ヶ谷) AKビル2階「大会議室」 |
テーマは「情報の海」と、行動を決定づける「フレーム」
まず議論に先立ち、『21世紀型情報システムを考える』研究会のナビゲータであるインプレスR&Dの田口潤氏が、主旨を説明した。
「研究会の目的は「情報システムのあり方」「情報システムの使い方」への道筋を探求することだ。
先日、日本経済新聞に『日本のサービス業の生産性が低いのは、IT活用が遅れているのが原因』という内閣府の調査の記事が掲載された。コンピュータ、つまりITの民間利用が始まってすでに50年以上が経過しているのにも関わらず、まだまだIT活用は進んでいないというのだ。
なぜ、日本ではIT活用が進んでいないのか。理由の一つが、IT投資の方向が今までやっていた業務の合理化、省力化するにあったこと。業務を改革する、高度化するという方向ではなかったことだ。確かに80年〜90年代にかけては、それでよかったかも知れない。しかし経済のグローバル化、ITの高度化が進む2000年以降、何かが違ってきている気がする。
今こそ、システムのあり方、作り方、そして使い方について、考え直す時期にきているのではないか。そこで、当研究会ではその新しい社会の流れに対応するための「情報システムのあり方」「情報システムの使い方」への道筋を探求していきたい」。
次に同研究会のもう一人のナビゲータであるアールワークスの山田博英氏が、次世代のシステムのあり方のフレームモデルである「情報の海」を解説するとともに、検討項目を提案した。
「情報の海とは、いつでも、どこからでも取り出せるように、組織の日常の活動状況をリアルタイムでデジタル化した情報群である。地球全体のネットワーク化の進行により、コミュニケーションや情報流通が組織だけではなく国境をも越える「情報のフラット化」が進んでいる今、その情報の海を使って、個人が自律的、自発的に行動するような仕組みへのパラダイムシフトが求められている。
欧米諸国の社会システムは90年代中ごろから、この新しいパラダイムに向けて動いてきたが、日本は未だにその流れに乗っていない。当研究会では、情報の海の作り方を検討していく。
一方、仮に情報の海が存在したとして、それを活用し、具体的なアクションを起こすために必要なのが自発的な行動を促すための価値観、すなわちフレームである。これに関しては、前回説明したが、例えば川でおぼれている人を見つけると、人は助けようとする──このように人が行動を起す背景には、なんらかのフレームがある。企業内の個人は会社のフレームに合わせて行動する。会社のフレームがはっきりしていると、個人の行動も明確になる。しかし95年以降、日本の企業は元気を失った。
「いいものをより安く」という、日本企業の行動を決定づけてきたフレームは、グローバル化の時代に通用しなくなった。だが、それに変わるフレームが存在するわけではない。フレームが混沌とし、今やっていることが正しいことかどうかも分からない状態にあるといった方が正しい。だからいくら個人が一生懸命働いても、成果に結びつかない。そして未来も見えてこないのだ。当研究会では、自発的な個人の活動を意味づける組織のフレームのあり方についても、後日、検討していく予定である」。
「情報の海」を生み出す情報システムとは?
では、「情報の海」は存在しているのか。していないとすれば、どうすれば実現できるのか、日本企業の情報システムの現状を踏まえ、アトリス代表取締役の安光正則氏は様々な問題を提起した。
「情報の海に蓄積されるのは、基幹業務のようにプロセスの決まった業務で蓄積される情報と、CRMやSFAのようなプロセスの決まっていない業務で蓄積される情報の2種類がある。消費者が作り出す情報、いわゆるCGMも後者に入る。
ITが得意とするのが前者=基幹系であり、新鮮かつ詳細な情報はすでに大量に蓄積されていると思うかも知れない。だが現実には、基幹系でも情報の海は構築できていない。つまり日々の業務から生み出される明細かつ新鮮で一元化されたデータベースは、ほとんど存在していない。
原因はいくつかあるが、まずはERPの概念が誤って捉えられていることだ。ERPの定義は本来、データベースの統合、つまりデータベースを正規化しようというものである。しかしながら、日本で導入されているERPのほとんどはその定義が実現されておらず、“ERPパッケージ”という名称の、個別の業務システムを実現するための業務パッケージと化している。
関心を集めているSOAをベースとしたERPパッケージもその典型だ。異なるベンダーのERPをSOAで連携するシステム体系では、多くの場合、データベースを一つに統合するというERPの定義は忘れ去られている。極端なことに聞こえるかも知れないが、ここでいうSOAは単なるぼろ隠しの手段といっても過言ではない。
RADによる開発もその一つである。RADは本来、「システムが小さいこと」「仕様が明確なこと」「プログラマが優秀なこと」という3条件を満たす場合にだけ、成り立つ開発手法である。この条件があるから、仕様書がなくてもよい。しかし日本ではこの3条件を満たさないものについても、仕様書をつくらず、この方法で開発を進めてきたのである。
例えばあるシステムに新しい機能を追加したいと思っても、仕様書がないため今あるプログラムを触って追加するのは難しい。そこで、今あるシステムを塩漬けにし、新しい機能は別個のシステムとして作っていく。しかもメインフレームとは異なり、オープン系のコンピュータは低価格化が進んでおり、高い性能のマシンが簡単に手に入る。それも追い風となり、がん細胞のようにどんどん、システムが増えていっているのである。こうして複数のシステムに似たようなマスターデータが一杯できてしまう。これが多くの日本の企業情報システムの現状である。
誤った概念の普及がERPの導入を失敗にいざなう
安光氏の話を受け、ナビゲータの田口氏は「本来の意味でのERPの導入がうまくいっていない日本企業では、基幹系システムでさえ情報の海はそんなに単純に実現できる話ではないということだが、これに反論はないか」と参加者に問いかけ、討議へと移った。
最初に発言したのは山田氏である。「メインフレームを持たないベンチャー企業なら、情報の海の構築は可能ではないか。そこから情報の海をつくる重要性を広げていけばどうか」と提案した。
それに対し、安光氏は「メインフレーム自体が問題なのではなくて、ERPの概念を理解していないのが問題。まずはERPそのものの定義を正しく伝えていくことが先決なのではないか」と指摘。続けて「ERPパッケージの導入が本来のERPの実装につながらないのは、ERPを業務パッケージと理解し、個別業務に適用したうえ、カスタマイズをどんどん行ったためだ」という。その例として安光氏はある大手企業の資材管理システムを挙げた。「その企業は資材管理システムに500億円もの投資をしたが、最終的に動かなかった。原因は、ERPパッケージを業務に合わせられなかったからと言われている。ERPには個別の業務プロセスに最適化する概念はない。だからこの失敗はERPパッケージとは関係のないことだ」と語った。
20年前からERP推進フォーラムの運営メンバーであり、14のERPパッケージの導入状況などを調べてきたビジネスモデル代表取締役の渥美懋氏は、ERP導入がうまくいかない原因を次のように語った。「ユーザー企業の経営者、IT部門が稚拙であること。そしてベンダーにアーキテクトがいないことが原因。今も多くの企業でERPが禁句になっている」。
それに対して安光氏は「最近になって、部分最適ではなく全体最適が重要だという理解が浸透してきており、ERPに対する期待も高まりつつある。真のERPを実現する第二ラウンドが始まるのではないか」と期待を込める。
企業自身が主導して情報の海を構築する動きも
この後、ナビゲータが出席者全員の発言を促した。安光氏の言葉を裏付けるべく、日本でも本当の意味でのERPに取り組む企業があると発言したのが、伊藤忠テクノソリューションズ政策推進チーム本部長補佐 木下博司氏である。同氏は、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の例を挙げ、「CTCの営業担当者は、これまで自分が売った情報機器のメンテナンス履歴を知ることはできなかった。メンテナンスをグループ会社であるCTCテクノロジーに任せていたからだ。しかし障害が起こった際、顧客から連絡が入るのはCTCの営業。だから営業が過去のメンテナンス履歴を知らないことは、顧客満足度の低下につながる恐れがある。そこで、CTCは自社のシステムとCTCテクノロジーのシステムを、統合することにチャレンジしており、それが7月1日にも稼働する。つまりデータの統合はやろうと思えばできること」と強調した。
IT記者会の佃均氏は、意外にも地方自治体でデータの統合化が進んでいる事実を披露した。「群馬県では47あった市町村も23に統合されたことに伴い、2年後にメインフレームを撤廃、6割のデータは一本化される」という。民間企業の例も紹介した。「ダイセル化学工業の姫路製造所網干工場では、2年がかりでデータの正規化と統合に成功した。従来3000人いた従業員は現在247人。新システムは外注を一切せず、自社でプログラム開発を行った」。
「アーキテクトが社内にいたのか」という質問に対し、佃氏は「アーキテクトはいた。ただしITのプロではなく、労働組合の書記長で組織論のプロ。『次世代の生産システム、および生産組織はこうあるべき』というべき論からスタートした」と回答。さらに続けて、「ダイセル化学以外にもこれに類する事例が、全国で20件ぐらいあると思う。1980年代後半から95年ぐらいまで、ユーザー企業は本業に集中し、ITはアウトソーシングしようということが声高に叫ばれた。アウトソーシングを実行した企業のIT部門はキーオペレータになってしまい、トラブルが起こっても処理ができず、業務を停止させてしまう恐れが出てきた。その危なさに気付いた企業は、自分たち自身で2001年ごろより構築手法や構築方法論の見直しを始めている」という。
さらに様々な議論を展開
ライブスペックRFP代表取締役の木ノ下勝郎氏は、渥美氏がERP導入失敗の要因に挙げた「アーキテクトがいない」という発言に対する持論を展開。「アーキテクトがいない理由は3つある。第一に構造計画研究所を設立し、モジュール・プログラミングという手法を独自に編み出した服部正氏のような有識者が亡くなったこと。第二にソフトウェア開発のネットワークを構築し、生産性向上を目指したΣプロジェクトが失敗したこと。そして第三がCSK創業者の大川功氏の派遣ビジネスに負けたことだ」。木ノ下氏はさらに、「今のシステムは複雑で巨大すぎる。仕様もどんどん変わっていくから、安定しない。これからのシステムは小さく作り、いらなくなったら捨て、また作ることを考えるべき。統合されたデータベースなど、いらないのではないか」と述べた。
ERPパッケージのユーザーである三技協の徳永雅志氏は、「今のままでは日本はダメだ、日本企業の情報システムはよくないという議論ばかり展開されていて、少し悲しい。なぜERPの導入は欧米ではうまくいったのに、日本ではうまくいかなかったのか。欧米が成功した要因について、みなさんの考えを聞かせて欲しい」と問いかけた。安光氏は「海外の企業は、過去のものを比較的容易に捨てられるが、日本の企業は捨てられない。その意識の差が明暗を分けたのではないか」と答えた。山田氏は「日本が捨てられないのは、終身雇用制と関係しているのかもしれない」と安光氏の意見を補足した。ガイアコーポレーションの吉田キコ氏は、「私はITの専門家ではないが、日本のシステムの状況について、みなさんの考えを聞いて勉強になった」と、本研究会に参加した感想を述べた。
日本ヒューレット・パッカードの三隅武司氏は、「中小企業だが情報の海をうまく活用している例がある」と、ある中小の板金会社を紹介した。「数十名の会社だが、情報をすべてオープンにし、従業員はその情報を見て自発的に行動を起している」と三隅氏。この仕組みが同業他社に対する競争力になっているかどうかはまだ分からないと三隅氏はいうが、情報の海を活用する動きもおぼろげながら見えてきているようだ。
最後にナビゲータの田口氏が、締めくくった。「今日の会合で、情報の海ができないことが分かった。理由の一つは、安光氏が語ったようにERPの定義がしっかり浸透していないこと、および何のための情報化なのかが明確にされていないことにあると考えられる。ERPパッケージを業務パッケージと捉え、既存の業務や既存システム合わせるべくERPパッケージを変更してしまうのだ。
とはいえ現実問題として、既存のシステムを捨て去ることはできないし、目の前のシステム課題を解決する必要もある。現状に対して、単純にノーと言うわけにはいかない。そもそも、情報の海と一元化/正規化されたデータベースの関係も、もう少し整理しなければならない。ほかのことを無視して、データの一元化さえすればいいとは言えない。
そこで次回は、基幹系におけるデータの一元化についてもう少し深く議論したい。それが情報の海の実現に必要なことなのかどうか、必要なことだとすればなぜできなかったのか、可能にするにはどうすればいいかといったことだ。もう一つ、先ほどの佃氏や三隅氏などの発言から、情報の海につながるシステムを作っている企業や自治体は、おおむね自前でシステムを企画しているように思える。それが本質的なことなのか、この点についても議論したい」。
次回は6月10日(火)の予定である
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