bpia_logo
第2回 『21世紀型情報システムを考える』研究会
─20世紀型アプローチからいかに決別するか──

テーマ:「情報の海」に向け、データ一元化は本当に必須か?

日 時: 2008年6月10日(火) 17:00〜20:00
場 所: アーク情報システム(市ヶ谷) AKビル2階「大会議室」
研究会風景

 冒頭、『21世紀型情報システムを考える』研究会のナビゲータであるインプレスビジネスメディアの田口潤氏は前回までに話し合った内容を振り返るとともに、本日議論すべき内容について説明した。

「必要な情報がすぐ手に入る環境」=「情報の海」

 「良いモノをより安く」「お客様は神様」──日本のビジネスパーソンや企業、社会の行動は従来、このようなフレームに規定され、少し前まではうまくやってきた。しかし21世紀に入り、これらのフレームが機能しなくなってきた。それではこれからの時代に合うフレームとはどんなものがよいのか。これが当研究会で検討していく重要な命題のひとつだ。

 しかし、仮に新しいフレームができれば、正しい行動が起せるのだろうか。答はノーだろう。フレームに沿って正しい行動をするために、必要とする情報がすぐ手に入る環境が欠かせない。複雑な状況下で、正しい行動を選び、正しく行動していることを映す情報が必要だからだ。この「必要な情報がすぐ手に入る環境」を、我々は「情報の海」と呼ぶ。

 情報の海に蓄積される情報は、基幹系の情報はもちろん、情報系の情報、さらには国内外の見も知らない人の意見(CGM:Consumer Generated Media)など、様々な情報で構成される。これらが再利用可能な形で整備されていることで、初めて我々は正しい行動ができると考える。

一元化されたデータベースは必要か

 前々回、CGMはさておき、基幹系と情報系で構成された「情報の海」は、本当に存在しているのかという疑問が参加者から投げかけられた。そこで前回は、議論をシンプルにするため、基幹系に絞って情報の海が構築できているのかどうかを議論した。基幹系は、新鮮で正しい、かつ事実に即した明細な情報を蓄積しているのかどうかである。その大前提になるのが、「データの一元化」である。

田口氏

 基幹系システムのデータを一元管理するという概念の下で登場したのが、多くの大手企業が導入しているERPパッケージである。正しくERPパッケージを導入した企業には一元化されたデータベースが本来あるはずだが、現実にはそういったケースは少ないようだ。スクラッチ開発された基幹系システムも、データの一元化を実現しているものは多くない。ある発言者によると、日本企業や組織の中にも20〜30社ぐらいであるという。

 なぜ、そんなに少ないのか。情報の海からくるデータの一元化という考え方が間違っているのか、情報の海は正しくてもデータの一元化は不要なのか、それとも何らかの理由からデータの一元化ができず、従って情報の海は幻想でしかないのだろうか。今回はこれについて、もう一度議論していきたい。まず過去の研究会の内容を整理しながら「企業にとっての情報の価値」について、日本ヒューレット・パッカード テクノロジーソリューション事業統括マーケティング統括本部AIビジネス本部の三隅武司氏にレクチャーしていただく。次に、共立コミュニケーションズ・執行役員システム担当の神谷英一郎氏に、「データの一元化」に焦点を合わせてお話をいただきたい。

 日本HPの三隅氏のレクチャーの要旨は次の通りである。

三隅武司氏による発表

情報の価値は戦略によって変わる

三隅谷氏

 企業が情報を活用する目的は、大きく分けて2つある。一つは企業運営のため。会社法や労働三法、商法などコンプライアンスの面でも、情報は不可欠である。もう一つが戦略的に活用するためである。市場の動きや顧客情報など、加工分析を行った意図をもった情報がこれに当たる。では企業にとって価値のある情報とは何か。情報はただ集めて保管すればいいというものではない。また生の情報そのものでは意図を持たない。情報は加工されるからこそ、戦略的価値を持つ。情報の価値判断は、その時点の企業の戦略に依存するのだ。戦略が変われば情報の価値も変わるということだ。IT部門ではなく、企業経営の立場から価値を考えることが必要だ。

情報の価値は人によっても変わる

 情報の価値を変える要素となるのは、戦略だけではない。業務や役割、責任も情報の価値を変える要素となる。製品関連情報を例にとって説明する。経営者は収益、戦略的調達など財務に影響する情報に価値を見出す。サプライチェーン担当者にとって重要な情報とは、在庫量や受注残数、構成情報などである。営業担当者は価格や売上計上日、出荷日などが重要になる。同じ製品関連情報でも、必要な情報項目や加工方法が異なるのである。

情報を宝に変えるための仕組みづくり

 今ある情報を宝に変えるのにはどうすればよいか。情報は活用されるからこそ価値となる。つまり情報を宝に変えるためには、活用できるような仕組み、「情報の海」とその管理をするための仕組みづくりが重要である。だがそのような仕組みをつくっても、それだけでうまく活用できるわけではない。実際、多くの企業では多種多様な情報を蓄積しているが、有効活用はできていないのが現状だ。そのような不確かな仕組みであるため、情報化に投資できないでいる経営者も多い。

 経営者を説得するための第一歩は、企業戦略と組織の役割から利用者にとって必要な情報を明確にすることである。次に利用者の情報の価値認識を評価し、投資効果を把握することだ。

 仕組みづくりの方策には2つある。情報管理パッケージを導入するか、または企業独自に構築するかである。これは情報の戦略的価値とユーザーの情報の価値の認識度合いによって変わる。基幹系の情報のみでよいというのであれば、パッケージの導入が最適だろう。

 部分最適なのか全体最適を目指すのかによっても、方策は異なる。一般には全体最適を目指すのが得策だが、それには莫大な投資がかかり、それなりの期間も必要になる。部分最適であれば、投資は全体最適よりも低く抑えられる上、最も情報利用価値の高い領域への投資ができるため効果も上がりやすい。しかしながら部分最適のシステムの場合、利用しない他の部門の情報入力が必要になることもある。そのような場合は、関係部門への見返りも考慮して、投資効果を判断することが必要だ。

多くの人が利用するベースとなるマスター情報「情報の海」を整備すること。そのためにもまずは企業の戦略を明確化することから始めることが重要なのではないか。

三隅氏「企業にとっての情報価値」 発表資料

 続いて、共立コミュニケーションズの神谷氏が、「データ一元化のためのシステム分析」をテーマに、ショートレクチャーを行った。

神谷英一郎氏による発表

データの一元化が実現できていない理由

神谷氏

 基幹系システムにおける「情報の海」の実現に最も近い手段がERPパッケージである。しかし多くの場合、ERPパッケージを導入した企業でもデータの一元化はなされていない。ERPパッケージが部門システム、あるいは特定の業務システムとしてしか、利用されていないからと考えられる。

 ERPパッケージの使い方として、それが必ずしも悪いわけではない。意図した範囲で経営に役立つうえ、強いリーダーシップなしに開発できる。開発・運用・保守にかかるコストや期間も、全体最適の視点を取り入れる場合に比べ小さくて済む。今もそうした考えで作られるシステムが多いのではないか。
問題は、部門システムが乱立すると、データの一元化ができないことだ。データの項目名や形式、意味がシステムによって異なっており、複数のシステムをまたいだ形で、データを見ることができない。このことは、様々な不都合を生み出す。

実用的なコストとパワーでERPを実現する方法

 次に情報を一元化するには何が必要かを検討したい。

 第一の方法は、やはりERPパッケージの導入、それもいわゆるビッグバン型の導入である。しかしERPを構築する上でパッケージにより短縮されるのは、実装ステップだけであることに注意が必要だ。綿密な業務務設計やデータ設計を省略できるわけではない。仮に、業務をパッケージに合わせるにしても、このプロセスは外せない。いずれにしても相当のリーダーシップがないと困難であり、それゆえパッケージを大幅にカスタマイズする折衷案になることが多い。

 第二の方法はゼロからの基幹システム開発である。このときに必要になるのがデータ・ディクショナリやユースケース、設計パターン、それに開発方法論である。例えば、データ・ディクショナリはデータ項目を一元管理するために必須だ。ユースケースはシステムの機能を漏れなくリストアップし網羅的に記述するのに有効である。設計パターンは、再利用を可能にするために不可欠である。近年、英国人ソフトウェア技術者であり、米国で活動しているマーティン・ファウラーの「アナリシスパターン」をはじめ、デンマーク・コペンハーゲンのMicrosoft開発センターに所属するパベル・フルービーの「ビジネスパターンによるモデル駆動設計」など、参考になる設計パターンがいくつも紹介されている。

 これらがあったとしても、それはあくまでデータ定義や業務使用を文書化できるにすぎない点に、注意が必要だ。効率的な実装を支援する開発支援ツールが是非とも必要である。基幹システムを合理的な期間とコストでゼロから開発するハードルは大きい。

システムが取り扱う情報のきちんとした管理が重要

 データに絞って、ゼロから開発する場合のポイントをもう少し詳細に説明する。重要なのは、システムがどんな情報を取り扱っているか(名前、取りうる値、値の決まり方、使われ方)を、きちんと管理することである。例えば値の決まり方であれば、外部からの入力なのか、システムが設定するのか、他のデータ項目から算出されるのかなど、また使われ方であれば、誰・何がどんなトリガーを受けて参照・報告するのか、ということを把握するのである。

 そうすることで、後からでもデータの利用の仕方が分かるため、扱いに修正を加えることが可能になる。注意したいのは、文書は必ず実態と乖離してしまうということ。そこで役立つのがデータ・ディクショナリである。それを唯一のアクセス経路として開発することが必要だ。

 システムの機能はユースケースのネットワークによって生み出される。ユースケースには、誰が、どんな条件を満たしているときに、度のデータモデルに対して、検索・参照・新規登録・更新・削除する、という処理の基本は単純な形で記述していくことである。

神谷氏 「データ一元化のためのシステム分析」 発表資料

データと情報は同一か、データの一元化は必須かで熱い議論を展開

 神谷氏のレクチャーの後、本日の命題「データの一元化は本当に必須か」について熱い議論が交わされた。HOWS会長の大塚裕章氏からは、「データの一元化(正規化)は、テクノロジ論に過ぎないと思う。正規化をしなくても、何ら問題はないのではないか」という疑問が提示された。それに対して神谷氏は「一元化されなければ、必要な情報を必要なときにすぐに取り出し、自律的な活動ができない」と反論した。

 アトリス代表取締役社長の安光正則氏はデータ一元化が実現している例として愛知県豊橋市にある大三紙業を紹介した。「大三紙業では基幹システムを刷新し、受注から調達、生産、在庫、利益管理などの情報を1つのデータベースで統合しています」と安光氏。以前のシステムでは生産現場は本社からの指示を受けて生産するという仕組みだった大三紙業だが、新システムでは生産現場の人たちも日次、週次、月次の生産計画情報が見られるようになり、製造現場の人たちが率先してより合理的な計画を考えるようになったという。さらに同システムは顧客ともインターネットでつながっており、顧客は自社製品の在庫や仕掛品情報なども見られる。すると、顧客からのクレーム情報は営業部門ではなくダイレクトに生産現場に入るようになった。それが功を奏し、現場のクレームへの対応もスムーズになったという。「顧客と現場がダイレクトでつながることで、現場のモチベーションがアップ。そしてそれは顧客満足度向上につながり、企業の強みが増した」と安光氏は、データ一元化のメリットを事例で示した。

 IT記者会の佃均氏も「例えば富山県南砺市では8つの市町村が合併するときに、物理的にも管理的にもデータの一元化を実現。すべての職員が住民データベースと税金データベースにあるあらゆる情報を閲覧でき、自分のPCにあるアプリケーションで加工できる仕組みとなっている」と語る。「このように自治体でもすでにデータの一元化は始まっている。21世紀型のシステムは、これまでにように組織を単位とするのではなく、機能(業務)を単位として集約していくことが重要である。またその機能はできるだけ抽象化することが望ましい。この発想がデータの一元化につながっていくのではないか。今ある組織を単位としたあり方をぶっ壊すことが先決」と続けた。三技協・代表取締役社長の仙石通泰氏は佃氏の意見に同調しながらも「組織を壊すか、再編成するか。いずれにしても企業の悩みは大きい」と、データ一元化の難しさを感じていた。

 一方オープンテクノロジーズ・シニアコンサルタントの市川克樹氏は、「小さいシステムでは正規化できるが、大規模システムにおけるデータの一元化は簡単にはいかない。すべてが全体最適でなくてもよいのでは」という考えを示した。

 このような議論の中で社会経済生産性本部主任経営コンサルタントの小林定夫氏から、次のような問いかけがなされた。「やはりデータの一元化は必要だと思う。しかし情報の見方は携わっている業務や立場などに切り口によって変わるので、一元化できないのではないか。そもそもデータと情報をどのように使い分けているのか、それぞれの定義をきちんと行うことが必要なのではないか」。これに関連して三技協・オプティマイゼーションシステム本部長の徳永雅志氏も、「一口にデータを定量的、定性的なものに分けて議論すべきだろう」と協調した。

 最後にナビゲータの田口氏は、こう締めくくった。「“情報の海”、その大前提となる“データの一元化”。このような抽象論の高いテーマを議題としているので、いろいろな視点からの意見があるのは当然だ。特に、今回初参加の方々にとっては、今回の命題、および(第0回から参加し、議論してきた)三隅氏や神谷氏のプレゼンは、過去の議論を前提にしているので少し分かりにくかったのではと考える。ナビゲータとしては、これまでの議論で、データの一元化が必須であること、少数ながらすでに実現している企業や組織があること、そうしたところは社員の自立や顧客満足の向上といったメリットを生み出していること、といったことに確信を持てた。21世紀システム研究会としては、データの一元化は必要であり、こうすればできるということを明示した上で、フレームの話に駒を進めたい。

 ただし、今後の議論を進めるに当たって、参加者の意識合わせは必須。データの一元化は不要、もしくは実現できないといった意見も含めて、次回以降、事例を詳細に紹介するなど、このテーマをもう少し深掘りする。こうした研究会は(議事録を公開しているとはいえ)1回飛ばすと、分かりにくくなる。みなさんの興味のあるテーマを展開していきたいと思っているので、次回も是非参加いただきたい」。

次回は2008年8月7日(木)の予定である。

◎関連URL

資料

三隅武司氏による発表

「企業にとっての情報の価値」 / 三隅武司 発表資料 2008/6/10

■たどり着いた結論

情報の価値判断は、その時点の企業の戦略に依存する

■「情報の海」について

多種多様な情報ができるのは企業活動においては自然である。
⇒情報が加工されて活用されている証拠なので、「膨大な情報」(企業内の情報の海)があることは、よいことである。
⇒情報が埋もれていて有効活用されていない状態に注目する。

■ 視点1: 企業にとっての情報の価値とは?

■ 企業戦略と情報活用

企業戦略と情報活用

■ 視点2:同じ情報でも人によって価値が異なる

■ 視点3:今ある情報を宝(資産)に変える方策

■ 視点4:最適の情報管理のIT投資を考える

■ まとめ

神谷英一郎氏による発表

「データの一元化をめぐって」 / 神谷 英一郎 発表資料 2008/06/10

■「情報の海」とは <自分なりの要約>

■「情報の海」とは <問題提起>

⇒ 「データの一元化」が実現できているか。
⇒ できていないなら、なぜか。
⇒ ゼロから基幹システムを開発することは実際的ではないのか。

■「データの一元化」が実現できているか

■ なぜ「データの一元化」が実現できていないのか

■「データの一元化」を実現する上で欠けているもの

■ そもそも、データを一元化すべきなのか

■ ERPパッケージは使えるか

■ ERPパッケージの導入スタイル

■ ERPパッケージの落とし穴

■ 基幹システム開発の技術と方法論

■ データ項目に関する情報を管理する。

■ データ項目の値はどう決まるか

■ データ項目の管理(まとめ)

■ ユースケース

■ プログラムは何を行なうか。

システムの機能は、データ項目を介したユースケースのネットワークによって生み出される。


※ロジックは一般的にあまり複雑ではない。

■ ユースケースで何を書くか

■ ユースケースから実装へ

■ 設計パターン

■ 結論

「データの一元化は、できる」

<謝辞>
株式会社アトリスの知的財産をたくさん参考にさせていただきました。