2005年度BPIA総会 / 講演会 / 懇親会

 日時: 2005年11月11日(金)
於:新木場センタービル
講演風景1講演風景2
<Contents>
■特別講演 「新しい時代のワークスタイル& ライフスタイル
           - ハーマンミラーの『人材を生かす企業経営』とは」
アンディ・ロック 氏

アンディ・ロック 氏
ハーマンミラー社 副社長兼最高総務責任者
http://www.hermanmiller.com/japan
関係資料(pdf/3.5MB) →
グローバル化の中での人材の確保

 私は生まれはイギリスですが、9年間アメリカで暮らしています。今日はイギリスとアメリカの文化に根ざしたお話をします。テーマはハーマンミラーのワークスタイルとライフスタイルですが、仕事も生きていくことの一環だという前提で、どうやって才能のある優秀な人材を自分の会社に引き込んでいくのかというお話をしたいと思います。

 ハーマンミラーは革新(イノベーション)と発明(インベンション)を基本として発足した会社です。したがって、今後も優秀な人材が不可欠です。これまでチャールズ・イームズ、ジョージ・ネルソン、イサム・ノグチといった才能ある人々を引きつけることができましたが、これからも前進していくために不可欠な要素です。

 現在、経済はグローバル化し、どこかで起きていることは、世界のほかのところで発生していることの影響を受けています。9・11の同時多発テロをきっかけとして、アメリカだけでなく世界全体のものの見方、とらえ方が大きく変わったと思います。

 我々の才能ある人間を引きつけていく競争では、私たちのマーケットの変化だけではなく、世界的な規模で起きているさまざまな変化にも対応していかなければなりません。最近、中国を視察してきましたが、アメリカのビジネス界にいる人間にとって、中国の大都市で今どういった変化が起きているのかを自分の目で見ることは勉強になります。

アメリカ国内における就業層の多様化と就業形態の変化

 アメリカは歴史的に極めて不可思議な時代に差しかかっています。今、労働人口の中に4世代の人たちがいます。第2次世界大戦で従軍していたような世代の人たち、ベビーブーマーの世代、ジェネレーションXと呼ばれた人たち、そして、ミレニアム・キッズとも呼ぶべき今どきの若者です。

 働くこと、ライフスタイルのとらえ方は、これらの世代で違っています。そして、恐らく史上初の現象ですが、従来の年功序列型の世代分布ではなく、年齢を越えた形の働き方にもなってきています。例えば、上司は10歳年下だということは今では当たり前のことなのです。その中で、世代間の理解ができたうえで、うまくつきあっていくことができているかという疑問があります。

就業者の高齢化と熟練労働者の減少

 北米では、今後間もなく熟練労働者の不足という深刻な事態が見込まれています。2020年には熟練した技術を持っている労働者の不足は1400万人になるといわれています。これは北アメリカだけの問題ではありません。北米の会社が人材不足に直面したときには、グローバルな規模でリクルート活動をするわけです。
 もう一つの人口ピラミッドをめぐる動きは、やはり高齢化現象です。これは世界的に進んでいます。

世代間ギャップ

 ハーマンミラーには世界全体で6500人ぐらいの従業員がいますが、そのうち1200名がすでに20年以上の勤続です。40年近く働き続けている人たちもいます。そういう世代の人たちの働くことやライフスタイルのとらえ方は、今、新卒で雇い入れた人たちとは全く違います。その中で、ハーマンミラーは新卒の若い人と30年以上のベテランの社員との調和を図っていこうとしています。

 ハーマンミラーのCEO、ブライアン・ウォーカーは難問を抱えたとき、オフィスの中で考えません。サイクリング用の格好に着替えて自転車に乗って出掛けます。私の世代は、自転車に乗っている人間を見たら、働いていないと思ってしまいます。どうも見解を変える時期になっているようです。

 このように、全く違う世代の全く違う考え方を持っている人たちが一緒に働いているとき、お互いのことが実は理解できていないということを前提としなければなりません。私は時々自分のことを恐竜だと思います。現代に生き残っていくのは、新世代のやり方や人生観を学習できるか否かにかかっています。私がこれからハーマンミラーという会社に引き込もうとしている世代には、私が持っている基本的なルール、規範は、魅力的には映らないのです。

 北米のCEOは皆、革新(イノベーション)を基本とした戦略を練っています。昔は、「ハーマンミラーはイノベーションを行っている家具会社」だと言っていました。今後は、「我々はイノベーションを行う会社である。そして、自分たちのポートフォリオのかなりのところが家具に関連した事業である」と説明すると思います。したがって、今後人材を引きつけていく中で、私のライバルとなっていくのは、マイクロソフトのような会社かもしれません。今後は家具の業界という視野以外から人材を探していくことになると思います。残念なことに、だれもが私と同じ考え方を持っています。

熟練労働者による次世代の育成

 「退職」とも競わなければなりません。勤続年数が長い従業員がごっそり引退してしまったら、重大な危機となります。今は、仕事から手を引きたいという人たちの気持ちを変えさせるという争いにもかかわっています。私たちは退職についても考えを改める必要があります。

 現在は引退したいという人に対して、昔ながらのやり方で対応しています。今後は退職について柔軟性のある考え方を持たなければなりません。仕事と生活のバランスを退職者一人一人が決めていくという姿勢を持つ必要があると思います。例えば、今年は1週間に40時間働きたいが、来年は20時間しか働きたくないといったことも考えられます。その次の年は、孫が大学に上がるので学費を手伝ってやりたいからと、1週間に30時間働かせてくれということになるかもしれません。

 もし今日、そういうことをしたいと言われたら、私はだめだと答えます。しかし、5年後同じ申し入れをされたら、お好きなようにどうぞと答えます。この年代の人たちが持っている知識・技術・実績・才能を何とか社内に引きとめて、次の世代を育てていただくことは私たちにとって必要不可欠のことです。

就労意識の変化

 今どきの若い人は何社も転職するのは当たり前と考えていますし、そういうことを受け入れろと会社に対しても要求するようになると思います。昔から社員は会社への忠誠心が必要とされてきましたが、会社のほうは社員に対してそこまで思いやっていないということを、私たちは自ら明かしてしまいました。そういうことから、考え方は変わってきています。この変化は急激に起きています。従来の人事のルールやポリシーをすべて捨て去らなければならないのです。これからは、自分がどこでどのように働きたいのかを主張する人たちと仕事をすることになります。

 私の父の世代は、決まった時間に出勤し、決まった時間に退社するという働き方をしていました。そして、家には一切仕事関係の電話はかかってきませんでした。しかし、今の若い人たちはこのような時間による縛りを受けなくなってきています。例えば、私の部下たちは、金曜日の午後3時にだれもオフィスにいないと思います。私は頭にきますが、それは私が「恐竜」だからです。職場に顔を出しているかどうかが大事なのではなくて、やった仕事の中身が大事だという世代が出てきているのです。金曜日の午後3時にオフィスにはいないが、日曜日の午前2時には頼んでいた仕事がEメールで送られてくることは予想がつきます。

 つまり、自分の仕事と生活のバランスを保ちながらも、相手のバランス感覚を受け入れるために、自分で調整していかなければいけないわけです。私の場合、金曜日の午後3時にはオフィスにいて、日曜日の午前2時に届いたEメールに対応しなければなりません。だからこそ、私は何かを変えなければいけないのだと主張しています。

ワーク・ライフ・バランスの模索

 アメリカでは、何とかオフィスで長時間働いてもらうプログラムを工夫しました。長時間オフィスにいることが生産性を高めると考えていたからです。あるところではただでコーヒーが飲めることを売りにしました。西海岸では朝ごはんまでただで食べさせてあげました。こうして社員は早々と出社するようになりました。そして、朝食を食べるとまたどこかに消えていったのです。もともと必要でもないものをあげてもだめなのです。

働く人たちの声に耳を傾ける

 昔から我々は機械を大事にしてきました。機械設備は保守、修理されます。同じことをどうやって人間にしてあげられるかを考える必要があります。それは社員が自分で仕事と生活のバランスを決めることを認めることにもかかわってきます。そして、働くことは楽しいことにならなければなりません。システム全体としての調和の取れたものとしていくことも必要です。

 実は、イギリス出身の私は、アメリカの工場の作業者も残業を喜んでやると思っていました。残業が増えれば収入が増えてうれしいだろうと思っていたのですが、恨まれていたのです。家族と過ごす時間が欲しいというのが彼らの考え方でした。働く人たちのためにもっとよい会社になっていくためには、働いている人たちの声に耳を傾けることだと思います。私は大学生とも会って彼らの率直な意見を聞いています。

人材、IT、設備部門の統括

 私は最高総務責任者という肩書きで、人材、IT、施設という三つの分野の担当です。私はもともと人事担当でしたが、組織替えをしていく中で、気がついたらほかの二つも一緒にやることになっていたのです。しかし、この三つを束ねていることが私たちにとって有利に働いていることに気づきました。また、これからの優秀な人材をめぐるレースの中で、この三つの機能が重要だということに気づきました。

 会社に入ろうと思うと、最初に連絡を取るのは人事部門です。そこで面白そうだと思わせる魅力があるかどうかということがあります。最初のハードルを乗り越えて、面接をクリアしますと、今度は会社の施設関係と出会うことになります。会社の玄関を入った段階で、この会社はこういうところだというイメージをつかむことになります。私自身がなぜハーマンミラーに入社したかというと、イギリスのハーマンミラーの玄関を入ったときに、この会社は面白そうだと思ったからです。

 人事で悪い感じがしなかった。設備もすてきだ。この会社で働こうかということになったとき、働く環境に対して影響をもたらす三つめの要素がITです。本当に優れたITは、そこにあることに気づかせないぐらいの存在になっています。最低のITは、いちいちむかつき、いらいらさせられます。本来ITはスムーズな情報のやり取りを可能にするものでなければなりません。じゃまになってはだめなのです。

世代を超えるワーク・ライフ・バランスを考えた会社の魅力作り

 私は、三つの機能を直接担当するトップの人間に、今後どのようにしていくべきなのか練っておいてほしいと頼みました。人口ピラミッドの変化などを説明し、会社の未来は最高の人材をリクルートできるかどうかにかかっていると言いました。そして、今、私たちが雇っている4世代のワーク・ライフ・バランスについても考えてほしいと言いました。ベテランたちがおびえたり不快感を持たないようにしながら、これから社会に出てくる若者たちを引きつけることができるかということについても考えてほしいと頼んだのです。若い世代にとって魅力的であるということだけが大事なのではなく、ずっと会社で働いてきた3世代にわたる人たちの知識、技能、経験、そして歴史を会社の中に保ち続けていくことも大事です。

エンプロイー・エクスペリエンス

 エンプロイー・エクスペリエンスという呼び方をしていますが、ほかのだれもまねできないような最高の従業員としての経験が実現できれば、優秀な人材を引きつけることができると思います。これは万国共通、すべての文化に共通する事実だと私は考えています。ビジネスリーダーとしてこれをうまくやれるような仕組みを考えなければ、会社自体が業績のほうで痛手を受けることになります。

仕事をする意味

 従業員の経験として五つのテーマを挙げています。これを踏まえて具体的な行動の計画を作っていくことになります。まず、「意味づけ」です。私がなぜ仕事に行くかというと、お金をくれるからです。ハーマンミラーがもはやお金を払わないということになったら、恐らく私は出勤しなくなります。でも、金だけもらえればOKではないのです。これから新しく社会に出て仕事に就こうとしている人たちにとって、これは非常に重要なことだと思っています。

 私は現在51歳ですが、死ぬときには人生を振り返って何か役に立ったと思えるようになれたらいいと思います。私はハーマンミラーのためにかなりの時間をかけています。それだけの時間を割くということは、単にお金をもらえればいいというだけではなく、それを越えた深いところでの何かの意味づけ、励みとなるものが必要だと思います。それは、ただ株主のために利益を上げるといったことを超えたことを意味しています。

 私自身が仕事にやりがいを見いだすことができた具体的な例を二つ紹介します。ハーマンミラーは環境問題についても積極的に動いています。これは会社のトップではなく、従業員が主体となって動いているプログラムです。これは大事な問題だと社員が考えているからです。また、自分たちの仕事に対して意味づけを行うことにもなるからです。私は娘が二人おりますが、私がしていることが娘たちに少しでもよい世界を残していくことにつながればと願っています。自分の勤めている会社もそのように考えているところでなければならないと思っています。

 また、ハーマンミラーには寄付を行っていくための活動母体があります。例えば、会社が給料を払って社員がボランティアができるプログラムがあります。そのほかに多額の寄付も行っています。いす工場で働く人なら、いすを作っているだけではなく、それが同時にインドの子供たちの養護施設、孤児院を作ることにつながっているということを知っているのが大事だと思うのです。

 これから新しく仕事を探そうとしている若い世代は、こういった社会問題にも非常に情熱を持って、それが大切なことだと信じています。そういう考え方を持っていなければ、会社は彼らにとってその程度にしか映りません。

 アウトドア用品のティンバーランドという会社が北米にあります。ここのトップはジェフ・シュワーツというカリスマ性を持っている人です。ティンバーランドの従業員は、1年間で20時間、自分の知識や技能を寄付できるボランティア活動のための時間を与えられています。業績が悪くなったとき、この20時間分のボランティアの時間を逆に2倍に増やして40時間にしました。ティンバーランドの職場は、私が今まで会った中で最もやる気と献身的に勤め上げていく気持ちを持っている社員ばかりでした。

幅広い選択性

 従来からの考え方を思い切りよく捨て、自分たちのシステムを抜本的に考え直す必要があります。私が大学を出て初めて勤めたときは、年金や健康保険などに関心はありませんでした。欲しかったのはお金だけでした。会社は年金や健康保険の仕組みを作るために大変な投資をしていますが、当時の私にとってその価値はゼロでした。このとき会社側が「あなたを雇うためにうちがかける総コストは幾らです。お好きなようにどこにでも持っていってください」と言ってくれたら、私ははるかにハッピーな従業員になったはずです。

 これから才能のある人たちを会社に引きつけていくためには、このレベルまで選択できるような仕組みを作っていかなければいけないと思います。そして同じくらいの幅広い自由な選択肢を、自分たちが働くこと、人生をどう過ごしていくのかということについても与えていくことが大事になります。いつ、どこで、どのようにして働くのかについて、チョイスを与えていくわけです。

 うちは家具会社ですので、働く場所を好きに選んでよいというのは、こちらとしてもいろいろと思うところがあります。しかし、現場の作業者にまでそういったチョイスを幅広くやっていくと言ったらどうでしょうか。自分自身の仕事のスケジュールを本人が決めていくような世界になったらどうでしょう。今、工場の作業者については、はっきりと作業時間が決められています。何時に出社して何時に退社しなければならないと決まっていますが、「8時間の間に5000脚のいすを作ってもらいます。どのようにして作るかは、あなたがたが決めてください」と言ったらどうでしょう。

 現在のシステムは、人を縛り、人をコントロールすることを出発点としています。コントロール権を相手に渡す時期を迎えているのかもしれません。こういう話をすると、製造部門のトップはものすごく嫌な顔をします。でも、私の言っていることは当たっているかもしれません。

 フロー・ライン作りについては、私たちよりも現場のほうがよほどよく分かっていますから、すでにこれは任せています。製造プロセスのデザインを任せるほどこちらは信頼を置いているわけです。それなら生産計画、仕事の進め方についても任せてしまってよいのではないかと思うわけです。これから未来に向かっていく中で、このレベルまでチョイスを持つということは不可欠だと思います。

職場の選択と魅力作り

 どこで働くかは、自分の気に入ったところを選べるように、できるだけ選択肢を広くしています。これからの時代、共同作業をしていくというニーズが高まっていきます。そういう気持ちになれるような魅力的で興味をかきたてるような場所を作っていくことも必要です。

 転職していく人たちのことを言いましたが、会社の福利厚生が柔軟に使える社会になったら、退職金目当てに歯を食いしばってとどまらなければいけないという足かせがなくなることにもなります。そうなっていきますと、短期間だけ国のために兵隊をしようかというのと同じ感じで、一定期間だけどこかの会社にいるということもありうると思います。会社の腕の見せどころは、一定期間が過ぎたら除隊して民間人に戻らないように、何度も契約を更新して長くとどまってもらうようにしていくことです。

 このために大事なのは働いている人自身が学び、成長し、新しい技術や知識を身につけていくことができるような状況を整えることです。従来なら、仕事の口があって、それに何とか人が合うように無理やり押し込めているわけですが、ある人が持っている才能や知識を踏まえたうえで、その人に合っている仕事を作っていくということが必要になるかもしれません。

優秀な人材へのチャンス提供と社内環境の整備

 極端な例ですが、大学新卒者の中でいちばん頭がよくて才能があるトップの人間を引きつけるためには、会社全体の中でいちばん才能があると認められている人たちをプールしておく特別人材グループに入ることをオファーします。その人たちが欲しい部門は入札します。これだけ面白い仕事があると、新卒者たちの気持ちを引くことで応札します。その若い人たちが面白そうだと思う仕事があったときにだけ、その人たちが各部門のために働くというやり方です。したがって、優れたチャンス、新しい面白い仕事を出さなければ、その人たちはただ飯食いということになってしまいます。

 かなり極論だと思われるかもしれませんが、そもそもわが社がなぜ成功したのかということを振り返ると、全く未知の、まだ荒削りの才能を信じて、その人たちのためのチャンスを開いていったからです。例えば、我々はレイ・イームズとチャールズ・イームズにチャンスを与えました。イームズ夫妻がどういうものを作ってくれるのか全く見当もつきませんでしたが、家具業界で最強のブランドを作っていくうえで、この二人は大きく貢献してくれたのです。こういった機会が開かれているところで、あえてリスクにかけてみる。これには十分見返りがあると思うのです。

 ただ、この機会を考えていくときに大事なのは、こちらが手をこまねいていると、横からもっといいチャンスを示しただれかに、その才能のある人をさらわれてしまうかもしれません。したがって、これから社会に出ていく新しい人たちをめぐっての競争にだれが一番乗りをするかが、私たちの優劣を決めていきます。

就業機会のグローバル化

 先ほど北米で予想される熟練労働者の不足について話しました。北米の会社の多くは、そういった問題に対応していくために、海外に拠点を移しています。それによって、従来存在していなかった新しい機会を開いています。我々の主要な取引相手の大手企業は、大体中国大陸に進出済みです。したがって、才能をめぐっての争いも世界規模になります。

従業員の参加意識

 もう一つ、この従業員のありようのテーマは、エンゲージメントと対になっています。私たちは昔から、従業員がただ働くのではなく、自分たちもこの会社の一員であり、オーナーの一人であるという意識を持つことが大事だと思っています。

 現在わが社の発行済み株式の15%は社員の持ち株です。ただ、株を持っているということだけでは足りません。本当に相手の持っているワークスタイル、ライフスタイルのニーズにこたえていって、その人たちと完全に密接な関係を作っていきますと、エンゲージメント、コミットメントという感覚が生まれてきます。コミットメント、すなわち気持ちの中で会社とつながり合うようになると、単に雇われているだけという意識を持つ人よりも、はるかに生産的な活動をしてくれます。

 社員がそういった気持ちになっていると、ほかの従業員のためにもこういった経験や感覚を広げやすい状況作りを手伝ってくれます。仕事は仕事、プライベートはプライベートと切り離さないで、自分が生きていることの一環として、自然に溶け込んだ要素として仕事を考えていくと、ただ一日の仕事が終わったら忘れてしまうというような考え方ではなくなっていきます。

 そういう社員は、例えば手洗いに行ってペーパータオルが床に落ちていたとしますと、ごく当たり前のようにそれを拾う社員になっていきます。会社の手洗いがどのように見られるかということを自分自身のことのように感じることができるようになっているからです。

 労災についても非常に厳しい感覚を持ってきます。お互いに気を配るような意識を持ちます。品質についても、ただ監視の目を光らせるだけでは到底実現できないところまで、自分たちの問題として考えていけるようになります。

 今、ご説明した従業員の体験は、新しく人を雇うためだけでなく、会社の人材をさらに優れたものにし、会社そのものをさらに引き上げていくためにも生かしていくつもりです。これはこれからどうやって利益につなげていくのかということに、根底ではつながっていきます。

リーダーシップ

 会社の業績をさらに高めていく従業員体験の最後の要素はリーダーシップです。当社のCEO、ブライアン・ウォーカーは44歳ぐらいだと思います。ハーマンミラーは今まで優れた指導者に恵まれてきましたが、ブライアン・ウォーカーもその一人です。今、説明したような従業員のための新しい在り方を作り上げようとしています。

 そのすべてを台なしにしかねないのが、よくないリーダーが現れてしまった場合です。皆さんも素晴らしい上司に恵まれた場合と、「これはどうも」と思うような人のもとで働かなければならなかった場合を経験されていると思います。

 よいリーダーは、自分の下で働いている人たちにインスピレーションを与え、やる気を起こさせ、さらに積極的に頑張って、最終的に富を作り出す行動を促していきます。よくないリーダーは、やる気を全部下の人たちから吸い上げてしまい、家に帰るときには社員はやる気がなくて、うつで、ぼろぼろになってしまっています。どんなに素晴らしい従業員体験を私が作ったとしても、そのすべてを台なしにしかねないのが、よくないリーダーが現れてしまった場合です。

 そこで、ブライアン・ウォーカーと私は取引をしました。会社の中のよくないリーダーを私は徹底的に刈ることにしました。その人たちはリーダーではなくなります。一人一人としては素晴らしい人かもしれないので、そういう人たちにはちゃんと仕事の口を見付けていきます。しかし、リーダーとしてやっていくということが分かっていない人たちには、リーダーの仕事は与えません。

D・J・ディプリーの言葉

 ハーマンミラーの創業者、D・J・ディプリーはいつも、「人間全体をとらえたうえでその人の価値を測らなければいけない」と言っていました。私は仕事に行くときは、それなりの希望、あこがれ、夢、そして恐れを抱えています。その多くは、自分自身の日々の生活の中から生まれています。そして、仕事に赴くときには、すぐには分からないかもしれないけれども、それなりの才能を持っているわけです。そして創業者の言葉のように、人の全体をとらえたうえで評価をしていくべきであるということ、それはその人自身の持っている才能すべてを知ることにもつながっていきます。

 ハーマンミラーがパーフェクトだと言えたらうれしいのですが、そうはいきません。しかし、こういった従業員のありよう、従業員体験ということを考えて我々が作ってきたテーマは、自分自身に対してのある種の物差しとして働いてくれると思います。5年後か10年後に、おかげさまでこのようにねらいがすべて実現できていますとご報告できることがあればと思っています。そのころの私の人生計画としては、自分なりのフレキシブル退職者になっているはずです。


■講演「システム再構築から、ITガバナンス構築へ〜大成建設の事業革新」
木内 里美氏

木内 里美氏 
大成建設株式会社 社長室 理事 情報企画部長
中島 洋氏

中島 洋氏(コーディネータ) 
株式会社MM総研 取締役所長、
日経BP社 編集委員

(資料非公開)
タスクフォースが組まれた経緯
 大成建設は総合建設業であり、建築、土木を主体としています。事業規模は、連結で約1兆7000億円の売り上げとなっています。従業員数は1万人弱ですが、今後大幅な人員の不足が起こることが予想されますので、構造的に変えていかざるをえない状況になりつつあります。
 2000年6月の取締役会で情報コストがかかりすぎだという話が出ました。私どもの会社は技術を売りものにしているのですが、技術開発費より3割も多い情報コストを使っており、その割には成果が出ていないというのです。経営者の目が情報の投資コストに向いたわけです。
 そこですぐにタスクフォースが組まれ、情報投資の方針について議論されました。当時私は土木部門で土木の設計をずっとやっていましたが、土木部門の情報化にもかかわっていたので、このタスクフォースに加わりました。そして11月には「コストダウン30%」を核とした大きなガイドラインが作られ、クリスマス頃に私は1月から情報企画部に移るように命ぜられ、再構築に取りかかりました。
二つの改革プロジェクト
 2001年度、3ヵ年の新経営計画が始まりました。建設市場は、バブル期に比べ6割という厳しい環境にあったため、危機感もあり、とにかくスピード経営、スリムな経営というのが経営計画の方向でした。最初の大きなミッションは、ITのコストダウンです。ただし、ITを使って全体のコストダウンをせよというところまではいかず、ITのコストダウンをすることから始まりました。
 まず二つの改革プロジェクトが動き出しました。 二つの改革プロジェクトとは、「パワープロジェクト」という名前のBPR活動と、「システム再構築のIT戦略プロジェクト」です。本来なら、BPR活動でプロセスのシンプル化、合理化を図り、それからシステム再構築というのが順当な手順なのでしょうが、3年間で成果を出さなければならないため、同時並行で進めることになりました。二つのプロジェクトは同じ社長室内で、経営企画部がパワープロジェクトを、情報企画部がIT戦略プロジェクトを担当する、という環境で始まったのですが、非常に進めやすく、大きな利点であったと思います。
 当時、仕事の縦割りが強くなっていたのですが、私は縦割り自体を悪いとは思いません。縦割りは部分最適を求めるには非常によいのです。問題は、壁ができたり、横のつながりの問題から仕事が多重化してしまうことがあるということです。それから、収益を早期に把握しづらいという状況もありました。このような状態では、システムの再構築をやっても成果が出ないのは明らかなので、とにかく業務プロセスの見直しを同時並行的に進めて、そのうえでそれを動かすITを作ろうということになりました。
パワープロジェクト
 パワープロジェクトの「パワー」は、元気づけをしたいという思いと、発生時点処理をやろうということで、POSをもじって「POW」にして、企業大改革を進めようという思いを載せた言葉です。つまりPoint Of Works for Enterprise Revolutionという意味が込められています。
 パワープロジェクトにおいては、プロセスの見直しをしました。大手のコンサルタントは入れず、システム科学という小さなコンサルタントが提供している、HITシステムという業務改革のプロセス見直しの可視化ツールを使って、業務プロセスの書き出し、改善、見直しを行いました。
 まず業務体系表に、人事、経営、総務などの間接部門の業務すべてを体系化して書き出します。例えば人事業務には、人事業務、給与業務、福利厚生的な業務が含まれます。さらにその中の人事業務を細分化すると、採用、異動、退職の手続きなどに分かれます。
 それぞれをブレークダウンしていくと、一つのアクティビティ単位になります。そのアクティビティを徹底的に見直すという可視化をしたわけです。
 一つのアクティビティは簡単な流れで表記され、実際の業務担当者がこのプロセスチャートを書きます。その際に、各業務が要るか要らないかということも当然見直していきますので、業務プロセスの無駄が一目瞭然となり、すぐに議論することができます。業務プロセスが見えない状態では常にリスクを背負っていることになるわけです。
システム再構築のIT戦略プロジェクト
 パワープロジェクトと並行して、2004年度までにメインフレームを捨て、システムを完全に再構築し、マルチベンダー型のオープンシステムに変えてしまおうと、情報インフラを整理することになりました。ところが、経営計画は3年間ですから、3年間でやっても成果が出せません。そこで、セキュリティポリシーなども含め、一連のものを2年間で再構築し、最後の1年で成果を出すというプランを立てました。これがIT戦略プロジェクトです。
 IT戦略プロジェクトでも可視化手法を取り入れました。これはデータ総研が提供しているTHモデリングのPLAN−DBというものを使ったDOAの手法です。システム上の多重化やデータのやり取りの効率など、概念データモデルがきちんと書けないと、企業全体のシステムをどう作ればよいかが出てきません。そこで誰にでも分かる可視化をしようということになりました。
 まず、全社情報マップというものを作っていきました。いわゆる概念データモデルですが、リソースデータとイベントデータのER図のようなものです。エンティティがどういう属性を持ってつながっているかということを全部書き表すわけです。これによって、システム的な非効率などが見えてくるようになりました。これはユーザー部門もシステム部門も共通で使うツールにしてあります。データモデルが見えないということは、システムリスクを負っていることです。  今回のシステム再構築によって、メインフレームをマルチベンダー型のオープンシステムに完全に切り替えましたので、システムは全部作り換えたことになります。
 次の段階として、経営のスピードを上げ、スリムな経営を実現するために、発生時点処理ができるリアルタイム処理をコンセプトにして、しかもデータが連携していく横断的な仕組みを作っていきます。そのためのデータモデルの可視化やインフラとしてのブロードバンドの整備、セキュリティポリシーの制定といったことをしながら、インソース、アウトソースの切り分けも行い、アウトソースも積極的に活用しました。
プロジェクトの成果
 当初、情報コストを5年間で30%落とせということでしたが、2004年度の決算時に1年前倒しでほぼ達成されました。さらに10%ぐらい下がると見込まれています。
 決算の早期化もできました。今までは決算の確定値が5月の連休明けぐらいまで出てこなかったのが、4月の第2週に出るようになりました。四半期決算も順調にできています。
 また、情報がリアルタイムに提供できるようになりました。現時点で私の部署の経費がどうなっているのかも見えます。現場でも現場帳簿の保存管理をしなくても、いつでも参照できるようになりました。
ITで本当に改革ができるか
 この10年間でITの位置づけは相当変わりました。これは急速なハードウエアの進化とインターネットの発展によるものです。PCはコミュニケーションツールに変わり、携帯端末がPCと同じような能力を持つようになりました。大体において一般ユーザーの利活用が先行していますから、そこを見ていると、次の企業の姿が見えます。また、この10年間でプロセスイノベーションに目が向きました。
 これからはどう変わるのでしょうか。ニコラス・カーの「IT Doesn't Matter」、ITは重要ではないという、センセーショナルなレポートがあります。これは、ITが必要ないというのではなく、ITがインフラ化あるいはコモディティ化してきたということです。そして、ITそのものが経営や事業を変えていくわけではないと言っています。
企業の中のITの将来
 ITがインフラ化するというのは、電気、物流、交通、電話などと同じということです。それがないと事業も経営もできません。ただし、ITの場合は電気や電話と違ってまだサービスが充実していませんから、企業が自前でやらなくてはいけません。ところが、最近ニコラス・カーは「The End of Corporate Computing」という論文を出しています。つまり、企業の中で情報システムを独自に作っていくことはなくなるということです。ユーティリティをサービスとして使えばよいというのです。
 ユーザー企業はビジネスデザインとプロセスデザインをきっちりして、それをシステムサービス企業に渡してやると、プロセスエンジンにプロセスコンポーネントを組み合わせて、サービスとして戻してくる。そのためにはコンポーネント技術が進む必要があります。これが究極のSOAで、企業の中にはもうシステム部門は要らないのです。
 当社の実績推移を見るとシステム再構築と業績の連動は現状ではまだ見られません。ITで業績が上がったとは言えないのです。人間のする業務を機械化する面や、アメリカのような雇用形態でプロセスを単純化して人を削減することができれば、すぐにROIという形で表れると思います。しかし、日本は今でもベースは終身雇用ですから、ITがROIに直結するのは難しいと感じています。
ITと業務改革の関係

 業務改革と経営改革と経営革新はどう違うのでしょうか。経営改革、経営革新は全体の事業再編のような意味合いを持ちます。しかし、収益性を改善して、継続的に企業が発展できるためにすることには違いないと思います。ここをターゲットとして活動しているかということになると思います。

 ITが経営改革や業務改革をするわけではありません。よく「ITで業務改革をする」と言います。ITがやっているように見えますが、ITで差別化できるわけではないのです。モデルが差別化していて、それをオペレーションしているのがITなのです。私は業務改革には基本的にはITは要らないと思っています。日本にコンピューターが入る前から業務改革はやっているわけです。
 業務改革にはメンタリティが必要です。人が動くことですから、極めてアナログなところです。ITにはメンタリティは必要ありません。オペレーションの仕組みを構築していくのです。しかし、業務執行はITインフラがなければできません。

ITガバナンス
 ITガバナンスが本当に必要になってきたと感じます。今までは部分最適がけっこう有効だったのですが、効率性を追求していくとそれには限界がきています。しかも今や企業はグループ経営で評価されます。横の連携が必要となり、全体最適化に向かわざるをえません。その中で情報投資のコストは増大化する傾向にあります。これをコントロールするためにはガバナンスを高めなければなりません。
 また、ITにかかわるリスクコントロールの問題があります。従来のようなセキュリティ対策では間に合いません。CSRや内部統制などをきちんとしていくためにもリスクコントロールが必要になっています。インフラ化しているということは、365日24時間止められないということです。大規模災害があったときはどうするかという、事業継続性の問題もあります。経営者が直接関与する必要がある大きな問題になってきているのがITです。だから、ITガバナンスが必要なのです。
 当社は、社長室長がCIOになっています。経営者として関与してもらうということです。この下に情報企画部があります。セキュリティのマネジメントは、セキュリティの責任者が役員クラスにいて、経営企画部、法務部、情報企画部が幹事役になってセキュリティ協議会を行っています。
 ROIの評価が難しい投資の意思決定のプロセスは、全体的なものは取締役会で諮ります。通常の案件は、従来は金額基準で決裁レベルを決めていたのですが、今は金額基準では決まりません。ITを活用した業務改革として重要性、影響度が高いかどうかを判断基準に入れざるをえないのです。
大成グループとしての情報システムの運用
 大成情報システムという子会社があります。グループ会社の情報システムはこの大成情報システムがやっているので、我々は実態が分かりませんでした。これをこの4月から改め、情報子会社にいる大半の人を情報企画部に逆に出向してもらい、ここを通じてグループ全体をコントロールするという形にしました。これはまさにITガバナンス強化のためです。
 大成情報システムという法人は残っていますが、外販からは撤退しました。もともと大成建設およびグループ会社に対して情報のサービスをする機能子会社ですが、別法人にしておくと、事業子会社のような振る舞いをしてしまって、その機能をしなくなったからです。
 インフラ化しているITの中で、システム部門は開発偏重から運用業務重視にシフトしています。運用を見ていないと改善も企画もできないのです。
 また、調達購買機能を独立させました。従来はプロジェクト単位で業者さんを決めて調達していましたが、全く独立させました。そうしないとメトリック評価ができないのです。これは値切るためではなく、適正に購買するためです。
 これらを行うことによって、まず、ブラックボックスだったところが見えるようになりました。今まではグループ会社と契約を結ぶので、契約から先の人件費、外注費、経費などの中身は見えなかったのです。今は全部見えますから、どこに問題を抱えていてどうすればよいかということが分かるのです。
 また、子会社の社員を逆出向させて親会社の社員として活動してもらうことにより、非常にモチベーションが上がりました。従来はユーザー部門や他の子会社の人たちから下請け的に見られていたのが、情報企画部として動くと、受け取られ方が全然違うからです。
 コストもさらに下がりました。内部管理コストや経費が大幅に減りますし、二重管理していた部分がなくなりました。また、業務のプロセス改善ということで無駄を省けます。人的リソースの最適配分が全体でできることからもコスト減が出てきます。
<質疑応答>
(中島) ビジネスプロセスを作ることが目的ではなくて、そのプロセスをマネジメントして運用しているうちに、ビジネスプロセスの継続的な改革が可能になることが重要だと感じたのですが、こういう理解でよろしいのですか。
(木内) よくPDCAと言いますが、それを着実にやれるかどうかで決まると思います。
(中島) プロセスのマネジメントに必要な可視化を強調されていましたが、最近のはやりの言葉でいうと「見える化」ですね。この「見える化」は、小さなソフトウエア会社の仕組みを使ったということですが、そういう仕組みがたくさん出てきていますね。
(木内) 可視化の手法はたくさんあるし、どれを選んでもいいと思います。企業の中で共通語化でき、共有できれば、その共有に合った手法でよいと思います。今回の業務の可視化のところは、ABC手法、つまりアクティビティ・ベースト・コスティングの手法です。これは非常に分かりやすいというところが私どもが選んだ理由です。
(中島) ABC手法は、BPIAが創立した当初から問題にしてきたものです。それが実践的に使えるようになり、使い方が幅広くなってきたという感じがします。
 大胆な提言と予測がありました。これからは情報システム部門はもう要らない、ASPをユーティリティとしてサービスを買っていくことで、自社にコンピューターを持ちシステムを持たなくてもよくなるということです。
 この前提条件としては、ネットワークを通じてプログラムの部品を高速に購入することができる、よその会社のものでも、自分の会社のものと同様に端末に呼び出すことができるという、高速ネットワークインフラが充実したというお話でした。また、ウェブサービスの進展によって、ネットワークの中で他人のリソースを使うことが容易になりつつあります。
 どうも自分の会社の中でコンピューターを持つ必要がないのではないかということです。このあたりをもう少しご説明いただけますか。
(木内) 私どもは、作業所ネットといって、取引があるサブコンさん3800社ぐらいとプロジェクトデータを共有しながらプロジェクトを進める環境をASPサイトを使ってやっています。業者さんの管理などの大変な作業がありますから、自分の企業に取り込んだら大変なことになりますので、最初からASPで提供してもらおうということで、ASPのサービスで実現しています。会社の中のコンピューターから持ってきているデータとASPサイトから持ってきているデータを同じ画面に読み込んで作業ができます。使う側は、どこにコンピューターがあるのか分かりません。
 すでにそういう環境を一部実践しており、それを突き詰めれば、コンピューターそのものを持つ必要もないのです。サービス設計だけ自分たちがきちんとできれば、それを実現しているところに提供してもらえばよいのです。ニコラス・カーが言っている「The End of Corporate Computing」は、そういう概念だと解釈しています。
(中島) 水道の蛇口をひねれば水が出るように、どこかの会社が作ってくれたものが端末に供給される。水道の蛇口が端末で、ダムや揚水場などを自社で作る必要はなく、自分の会社は蛇口さえ持っていればよいという考え方がユーティリティという概念です。そこまで徹底するには、まだまだいろいろな工夫が要ると思いますが、ユーティリティコンピューター化、ユーティリティサービス化の進展を自社の見通しに入れておかなければいけないという提案ですね。
(木内) これを実現するためには、コンポーネント技術の進展が必要です。今のコンポーネントは大きすぎるのです。小さなアクティビティ単位のコンポーネントがたくさん用意され、それがプロセスエンジンにつながっていくようにならないと、そういうことは実現できません。よりコンポーネント化する技術はあるのでしょうが、これはITサービス産業の根本を変えてしまいますから、ITサービスがそこに踏み込んでいくには時間がかかるでしょう。しかし、いずれはそういう方向に向かうだろうと思います。
(中島) ASPでいちばん成功しつつあるのは、セールスフォース・ドット・コムという、販売業務をそのままアウトソーシングしてしまうような、ネットワークをベースにしたものですが、これもコンポーネントとはちょっと違ったタイプのものです。
(木内) ウェブサービスの会社ですね。
(中島) ウェブサービスももう少し進展してくると、ネットワーク上のあちこちにコンポーネントプログラムあるいはコンポーネントになるデータをオープンに使えるようにしておいて、それを集めて組み合わせて自分の端末に持ってくるという形に、恐らく発展していくと思います。それはSOAの究極の姿です。
 ウェブサービスをベースにしてさまざまな部品プログラム、部品データ、あるいはその他のリソースを共有して、本人はほとんど気づかないけれども、実はたくさんのリソースを組み合わせて使っているという状態になる。ウェブサービスをベースに非常に使いやすくなるだろうという気がします。そうなると、企業の中の情報システム部門は要らなくなるというのが、木内さんのお話で印象に残っています。
 「見える化」から進んでくると、ITガバナンスの問題から内部統制の問題になってきます。個人情報保護法で社員が個人情報を盗まないという状況をどう作るのかというのが大きな課題になってきました。その次に、SOX法は、アメリカではとりわけ情報システムを利用しろとは書いてないのですが、日本ではわざわざIT統制によってSOX法が守られるように企業は内部統制を高めなさいと書かれているわけです。この意味も、従業員の活動が経営に見えていなければいけない、経営がそれを見える仕組みにしなければいけないということだと思います。先ほど内部統制とおっしゃったのは、そういう点を視野に入れておられるのですか。
(木内) 内部統制は、基本的にはどういう仕掛けで進められているかを明示するという形になると思います。我々はそれをすでにチャート化していますから、こういうやり方でよいのではないかと言っています。それはそのままシステムに組み込まれているので、システムが見えているという形になります。しかも、システム側は、データ構造が見えるようにしてあって、どこでどういうデータがつながっているというデータモデルとしても作ってあります。
(中島) 今のお話は重要なポイントだと思います。日本版SOX法が2008年3月にでき上がり、2010年ぐらいには、日本の上場企業は情報システムをベースにして不正が起きない体制をとらなければならなくなります。

 ビジネスプロセスをITをベースに作り直すことによって、ビジネスのスピードが上がり、効率化が進み、コストが大きく下がり、日本の企業の競争力をつけるのだと、BPIAが以前から主張していたのですが、それがなかなか進みませんでした。
 SOX法のようなものが出てきたとき、アメリカでは、情報システムを使えと言わなくても、情報システムを使ってでき上がっている効率化のためのシステムは相当ありますので、それにモニタリングの機能をつけると、内部統制に十分使える仕組みになります。しかし、日本は効率化のためのシステムがまだできていないので、コンプライアンスのために必要だとなると、ゼロからとは言わないが、かなり低いレベルから作り上げなければなりません。
 今までビジネスプロセスの革新を遅らせていた企業ほどSOX法は厳しいハードルになると思いますが、大成建設は、あまりコストをかけずに内部統制の道具が手に入れられるのではないですか。

(木内) 要求されるフォーマットに合わせなければなりませんが、基本はできていますので、プロセスやデータを可視化することは、手間をかけずに要求に合わせられると思います。
(中島) SOX法はビジネスプロセス革新の大きなきっかけになるのではないかと思います。
(Q) 情報子会社から本社に人を移されて、それが成果に結びついたというところに興味があります。この実施前後での定量的なお話はありますか。
(木内) 今まで手が入らなかった、特に運用のところが見えますから、運用コストを下げるための手が打てます。
(Q) 直接子会社間でやってしまうという問題があったそうですが、その辺はどのように変わったのでしょうか。
(木内) 事業会社なのか機能子会社なのかをわきまえていないと、おかしなことになるのです。本来は親会社やグループのために活動すべきものが、自分のために活動を始めるのです。外販が6割も7割もいけば事業会社でよいのですが、大半が親会社とグループ企業のためにやっていて、それが事業会社化してはまずいわけです。
(Q) IT業界は変わることができなくて、木内さんなどの先進ユーザーが猛烈な勢いで変わり始めて、メッセージを我々の業界に送っているのです。IT業界はそれに対応して、サービスをやるとかコンポーネントで作るといったことができるのか。今までそんな勉強をちゃんとやっていなかったつけが回ってきたという感じがしています。
(木内) ITサービス産業では単価を明示していません。単価がないから積算基準がないのです。積算基準がなければ、きちんとした予定価格が作れませんから、契約がいい加減になります。それができないのではなくて、していないのです。
 システムは見えないからとか変化が大きいからと言うのですが、住宅を建てるとき、自分が最終的に手に入れる住宅は、契約の時点では見えていないのですが、こんな住宅が建つのだという可視化したものがあり、合意形成ができたうえで契約します。そういったところがITサービス産業には欠けているのではないでしょうか。変化があるというのは、仕様を変更するということだと思いますが、住宅でもキッチンをこうしてほしいなど設計変更します。設計変更の基準をきちんと決めればよいのです。建設業にはそういうものがきちんとあります。
 また、工期を守ることに対して非常にいい加減です。遅れることに対するペナルティという意識がありません。建設業の工期遅れは事業に影響しますから、1日当たりいくらのペナルティを払うという契約が当然出てきます。我々もITサービス産業と契約するときに、ペナルティの条項を入れなければならないと思います。
 ユーザー企業がきちんとそういう要求をしなければルーズになるのです。建設業は許認可の事業ですし、公共事業においては施工成績といって、施工の結果に成績までつけられます。発注者が厳しいということです。我々がきちんとしないから情報サービス産業もきちんとしないのだという気がしています。
(中島) 今のお話で、コンピューター産業の体質を根本的なところから転換せざるをえないことが実感されました。